もし大藪春彦が桃太郎を書いたら

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便乗企画。

もし大藪春彦が桃太郎を書いたら

処刑戦士 (徳間文庫)

処刑戦士 (徳間文庫)

 真夏の太陽が照りつける中、鬼ヶ島を望む海上に、そのクルーザー「マーメイド号」は停泊していた。
 ウッドデッキ状の甲板に、一人の男がいた。歳は三十五ぐらいだ。海水パンツだけを着けた裸体は傷だらけで、恥知らずなほど筋肉が発達している。風貌は荒削りだが彫りは深く、動物的なセックス・アッピールを感じる女もいるであろう。男の名は桃太郎といった。
 桃太郎は、ドイツ製カール・ツァイスの双眼鏡をのぞき込み、鬼ヶ島の様子をうかがった。その名に似つかわしくない、モダンな鉄筋コンクリート製の豪邸が建っている。偵察員の雉川が報告したとおり、警備会社へ通報するセキュリティ・システムはついていなかった。桃太郎は口の端を歪め、物凄い笑みを浮かべた。キャビンへ戻る。そこには、ハンサムな若い男と、陽気な感じの三十歳ぐらいの男がいた。ハンサムな男の名は犬山、陽気な感じの男は猿田といった。
「雉川の言ったとおりだ、警備システムはついてないぜ。鬼のやつらは、自分たちが襲われるとは思ってもいないらしい」
 桃太郎は悪魔のような笑みをたたえて言った。
「じゃあ予定通り、今夜決行するんだな」
 犬山は、愛用のガーバー・マグナム・ハンター・ハンティング・ナイフを砥ぎ棒で磨きながら、桃太郎のほうを見もせずに答えた。そのナイフは、ハイ・スピード鋼に分厚いクローム・メッキが施され、太い有刺鉄線もバターを切るように両断できる。傭兵情報誌”ソールジャー・オブ・フォーチューン”を読んでいた猿田は顔を上げ、桃太郎に向かって右手の親指を立てて見せた。
「ああ、深夜十二時になったら襲撃を開始する。それまで時間はあるから、体力を養っておくとしようぜ」
 桃太郎は、業務用の巨大な冷蔵庫からボロニア・ソーセージの塊りを取り出すと、ヘンケルの牛刀で一キロほど切り取り、一人分ずつ切り分けた。玉ネギもスライスする。それを、犬山がバターとマヨネーズを塗ったライ麦パンで挟み、サンドウィッチを作った。パンの厚さよりソーセージの厚みのほうが数倍あるやつだ。猿田はギルビーのウォッカの瓶の首をへし折ると、三つの大きなグラスに三分の一ずつ注ぎ込んだ。そこに氷と少量のドライ・ヴェルモット、それに十滴ほどのアンゴラース・ビタースをぶちこみ、フォークで掻き回した。レモンの皮を放りこむ。
サリュート!」
チェリオ!」
 三人は前祝いの乾杯をすると、喉を鳴らせながらウォッカ・マルテーニを飲んだ。一息に半分近くまで飲み干す。それからサンドウィッチにかぶりついた。旺盛な食欲でサンドウィッチを胃に送り込む。桃太郎はパテック・フィリップスの金時計をのぞきこんだ。午後一時だ。決行までの時間、交代で休息をとることにする。犬山に見張りを任せて、桃太郎は寝室のベッドにもぐり込んだ。
 桃太郎は、自分の親を知らずに育った。生まれてすぐ両親に捨てられ、巨大な桃の実に入れて川に流されたのだ。その身の上を不憫に思った老夫婦に育てられ、厳しかった養祖父から拳法の手ほどきを受けた桃太郎は、高校を卒業すると学費のかからない防衛大学校に進んだ。在学中に養祖父母が死に、天涯孤独の身となった桃太郎は、防衛大を首席で卒業すると陸上自衛隊に任官し、レンジャー部隊に配属された。過酷な訓練も桃太郎には喜びであった。そこで知り合ったのが犬山、猿田、雉川だ。
 身につけた戦闘能力を、もっとフルに活用したくなった四人は、自衛隊を退官するとアメリカの民間軍事会社を通してアフガニスタンに傭兵として赴き、それから世界各地の戦場を転戦した。ゲリラ戦の実戦経験を積み、殺人のプロとして比類ない実力を手にした桃太郎たちは、その力を自分たちのために使うことに決めた。情報収集のエキスパートである雉川が、小笠原諸島のはずれにある地図にも載っていない島が「鬼ヶ島」と名付けられ、鬼やくざの一派である鬼山組のアジトとして金銀財宝が蓄えられていることを突き止めたのは、二ヶ月ほど前のことだった。それから今日まで準備を重ね、米軍基地や暴力団事務所から強奪した武器で武装し、ついに決行の日を迎えたのだ。汚い手段で金儲けしている奴らから、その財産を残さず巻き上げてやるのだ……。桃太郎は心地よい高揚感を覚えながら、仮眠についた。


 深夜十二時を回った。迷彩の戦闘服を身につけ、顔にもカモフラージュ用の塗料を塗りたくった桃太郎と犬山と猿田は、マーメイド号から小型エンジン付きゴムボートに乗り換え、鬼ヶ島の簡便な船着き場に向かった。灯りはついていないが、三人とも狼のように夜目がきく。桃太郎はM16A1自動小銃を肩から下げ、ヒップ・ホルスターにベレッタM92F自動拳銃を差している。ダブル・アクション機構と二段装列弾倉(ダブル・カーラム・マガジーン)を持った優秀な拳銃だ。足にはガーバー・マークII・コンバット・ナイフをマジック・テープでくくりつけてある。犬山はマグナム・ハンター・ナイフを樫の棒にくくりつけた手槍とヘッケラー・アンド・コッホMP5K短機関銃、猿田はコルト・パイソン357マグナム拳銃とバーネット社製のコマンド・クロスボウ、それに小型の手裏剣をいくつも持っていた。それぞれ背負ったバック・パックには、大量の弾薬と交換用の弾倉、それにロープや粘着テープが詰め込まれている。
 鬼たちの舟も三隻ほど係留されている船着き場にボートを係留すると、三人は音もなく鬼ヶ島に上陸した。桃太郎を先頭にして、小高い丘の上にある鬼のアジトへ素早く走り寄る。三百坪ほどの別荘風の建物で、刈り込まれた芝生の庭には四人の鬼が見回りをしていた。猿田はクロスボウに四枚のブレード型矢じりのついたアローをつがえると、一人の鬼へ向けて発射する。矢は鬼の首を直撃し、頸椎を破壊された鬼は一声も挙げることなくその場に倒れた。猿田が第二の矢をつがえる間に、犬山は手槍を持って別の鬼の背後に回る。音も立てない鮮やかな動きだ。鬼に気付かれることなく、延髄にガーバー・マグナムの刃を滑り込ませる。桃太郎も足のコンバット・ナイフを抜き取り、鬼の背後から頸動脈を切断した。四人の鬼を片付けるのに、三分とかからない。
 アジトの玄関にかかった鍵を桃太郎が難なくピッキングで開けると、玄関を入ってすぐ右の部屋に押し入る。その部屋にはベッドが二つあり、この屋敷のメイドである鬼娘が二人、眠りこけていた。突然の侵入者に驚いた二人が目を覚ますと、猿田はコルト・パイソンの台尻で一人の頭を殴って気絶させ、犬山は素早くもう一人の口を粘着テープでふさいで悲鳴を挙げられないようにした。桃太郎は、恐怖で身じろぎひとつしない娘の手足をロープで縛ると、ガーバー・マークIIの刀身を見せる。
「おとなしく質問に答えてくれれば、君にひどいことはしない。ただし大声を挙げたら殺す。嘘をついても殺す。それだけじゃない、殺してから犯してやる。前も後ろもだ。わかったか?」
 娘は必死の形相でうなづいた。小さな角が揺れる。桃太郎は、彼女の口に貼られたテープをはがしてやった。
「君の名前は?」
「陽子よ。お願い、殺さないで! 何でも答えるわ」
「この家に、ボディ・ガードの鬼は何人いる?」
「た、たしか今日は三人いるはずだわ。この部屋の向かいが詰所よ。いつも今ごろの時間は居眠りしているか、サボってエロ・ビデオでも見ているはずよ」
「ボスの鬼山の部屋はどこだ?」
「先生の部屋なら、二階の突き当りよ。今夜は愛人の涼子さんとお楽しみのはずだわ」
「金庫はどこにある?」
「先生の部屋の本棚に、秘密のスイッチがあるの。世界文学全集の、トルストイの『戦争と平和』の巻がスイッチよ。それを動かせば、本棚がスライドして金庫が出てくるはずだわ。でも、金庫のダイヤル番号は先生しか知らないわ。本当よ」
「そうか、ありがとう」
 必要な情報を聞き出した桃太郎は、陽子の頭をベレッタの銃身で殴って気絶させる。少なくともあと三時間は目を覚まさないであろう。廊下に出ると、向かいの部屋からわずかに灯りがもれていた。桃太郎はM16を構えると、ドアを蹴破る。部屋の中では、三人の若い鬼がソファに座って、半分眠ったような顔をしていた。突然の襲撃に、何が起こったのか理解できないでいるようだ。桃太郎はM16のセレクターを半自動にすると、一発ずつ撃鉄を絞って二秒で三人に5.56ミリ高速弾を浴びせた。眉間を撃ち抜かれ、後頭部の射出口から脳漿を噴出させた男たちは即死した。桃太郎は物凄い笑顔を浮かべた。
 階段を登って、鬼山の寝室に向かう。部屋の中からは女の喘ぎ声が聞こえていた。軍用の頑丈なブーツを履いた足で、ドアを蹴破る。
 電灯が煌々とついた部屋の中がよく見えた。二十畳ほどの広さがある部屋の中央には円形の回転ベッドが置かれ、ゆっくりと回転するその上で、でっぷりと太った六十歳ぐらいの赤鬼が仰向けになっていた。その腹の上には二十歳ぐらいの人間の娘がまたがり、忘我の表情で、腰を前後に動かし続けている。全身が汗に濡れ、長い黒髪が顔や乳房にまとわりついているのも気にしていないから、金だけの愛人関係ではあっても、相当な好き者には違いないようだ。赤鬼は娘の豊かな乳房に手を伸ばし、しゃにむに揉みしだいていた。桃太郎は欲情するより吐き気を覚えるほど、醜悪な光景であった。雉川が隠し撮りしてあった写真で鬼山の顔は確認していたが、この男に間違いなかった。
 鬼山より先に、騎乗位で交わっていた娘――涼子が侵入者に気付いた。迷彩服に身を包み、顔にも迷彩ペイントをして、マシンガンやクロスボウ武装した三人の戦士の姿を目の当たりにした涼子は、ショックでそのまま気を失った。意識をなくした涼子の蜜壺が痙攣し、鬼山の男根を強烈に締め付ける。鬼山は桃太郎たちに気付くと同時に、男根を襲う苦痛に呻いた。
「な、何だ貴様たちは。伊達、朝倉、北野、こいつらを取り押さえろ!」
「残念ながら、三人とも死の国へ旅立ったぜ」
 桃太郎は嘲笑った。
「畜生――」
 鬼山は枕元のスウィッチを操作してベッドの回転を止めると、枕の下に置いてあったワルサーPPK自動拳銃を取り出した。猿田が目にも止まらぬ速さで手裏剣を投げる。鬼山の右手を鋭い刃が貫き、ワルサーははね飛ばされて床に落ちた。。
「乱暴はよしてくれ――貴様たちはいったいどこの組織の回し者だ? 鬼道会か?それとも牛頭馬頭組か?」
「俺たちには、貴様ら鬼の世界の勢力争いなど関係ない。俺たちの目的は、貴様が善良な人間たちから巻き上げて作った財産を、残さず頂戴することだ」
「財産なんてここにはない!」
「そうか? なら試してみるか」
 桃太郎は、壁際の本棚の中から、トルストイの『戦争と平和』を探した。二mぐらいの高さがある本棚の、腰ぐらいの高さの段の左から四冊目に『戦争と平和』はあった。桃太郎は、その本を手に取ってみる。すると本は棚から抜けることなく、引き出すとレバー式のスイッチが入った。モーターの作動音とともに、本棚がゆっくりと横にスライドしていく。すっかり動いてしまうと、壁にはダイヤルロック型の金庫室の扉が埋め込まれていた。
 桃太郎はM16の銃口を鬼山の頭の右側の角に当てると、半自動で一発撃った。5.56mm弾が、鬼山の角を根本からへし折って飛ばした。衝撃で気を失った鬼山の、右手に刺さった手裏剣を掴んでえぐる。怪鳥のような悲鳴を挙げて、鬼山は目を覚ました。
「俺たちに嘘をつくと、もっと痛い目に遭うことになるぜ。金庫にはいくら入ってるんだ?」
「大した金は入っていない。みんなスウィス銀行の秘密口座に入れてしまった。儂本人が出向かないと預金を下ろすことはできないし、誰かと一緒だったら脅迫されているものと見做して警察に通報される仕組みになっている。だから金はないんだ――畜生、痛い。この女を外してくれ、儂の息子が腐ってしまう」
「甘えたことを言うな、じゃあこうしてやる」
 猿田はベッドに駆け上がると、意識を失って鬼山の上にくずおれた涼子の身体を引き起こし、腋の下に手を入れて思い切り持ち上げた。鬼山と繋がっている部分も引っ張り上げられ、鬼山の腰まで浮いた。男根を強烈に引っ張られた鬼山は、身の毛もよだつような苦痛の声を挙げた。
「やめてくれ、息子がちぎれる! 思い出した、金ならある。先週、麻薬の売り上げの金をこの金庫に入れたんだ」
「最初から素直にそう言えばよかったんだよ」
 猿田は涼子の身体から手を放した。涼子は鬼山にまたがったまま、うつぶせに倒れる。
 桃太郎は、その涼子の尻の、尾てい骨のあたりをブーツで蹴った。脊椎への衝撃で下半身が一時的にマヒし、膣の痙攣がおさまる。ぬるりと吐き出された鬼山の男根は、紫色に腫れ上がっていた。
「もう一度聞く。金はいくらある?」
 邪魔な涼子の身体をベッドの下へどけると、桃太郎は尋問を再開した。
「ほんの三千万ほどだ」
 桃太郎はガーバー・ハンティング・ナイフを抜くと、ベッドの上に座った鬼山の、左の耳たぶに突き刺した。
「いくらだと聞いている」
「わ、わかった。本当は三億だ」
「宝石もあるんだろう。そっちの方が高額のはずだ。俺たちの調べでは、ざっと二十億円ほどの価値がある」
「畜生、最初から知っていたのか。宝石だけはやめてくれ! 儂の命を賭けたコレクションを持っていかれたら、もう生きていても仕方がない!」
「それは貴様の問題であって、俺たちの問題ではない」
 桃太郎は嘲笑った。
「金庫のダイヤル番号を言ってみろ」
 鬼山は答えた。デタラメを言っているのでないことを確認するために、もう一度同じ番号を言わせる。
 金庫室が開いた。中は四畳半ほどの広さのウォークイン・クローゼット状になっている。桃太郎は中に入り、現金や貴金属を、バック・パックから取り出したザック袋に詰め込んでいく。猿田も手伝う。
 鬼山に短機関銃を突き付けて見張っている犬山の足下に、気絶から覚めた涼子が絡みついてきた。まだ下半身がマヒしているので、這いずりながらだ。
「ねえ、お願いだから殺さないで……私を自由にしていいから」
「生憎だが、今日は遊びにきたわけじゃないんでね。それに女には不自由していない」
 犬山は冷たくあしらい、軽く蹴飛ばして払いのけた。
「畜生、よくも恥をかかせてくれたわね」
 犬山はもう涼子の方を見もせず、冷酷な表情のまま鬼山の見張りを続けた。鬼山は苦痛に呻きながら、金庫室の方を睨んでいる。桃太郎と猿田が出てきた。両手にズック袋を下げている。桃太郎は、金庫室の棚にあったスウィス銀行の預金通帳を取ってきて、鬼山に見せた。
「こいつは貴様でないと現金を下ろせないそうだな。なら俺たちには不要の長物だ」
 桃太郎は不敵な笑みを浮かべると、通帳をビリビリに引き裂いた。残骸を灰皿に入れ、ジッポーのオイルライターで火をつける。数千万ドルの残高があるその通帳は、鬼山の目の前で炎を上げて燃えた。鬼山の目は飛び出しそうになったが、やがて白目をむくと、泡を吹いて倒れた。犬山が頸動脈に触ってみると、鼓動は止まっていた。ショックに心臓が耐えられなかったらしい。
 桃太郎は、呪いの言葉を吐き続ける涼子に近付くと、二十カラットほどのダイヤの指輪を口の中に押し込み、無理やり飲み込ませてやる。再び気を失った涼子に、嘲るようなウインクを送ると、三人の戦士は多額の戦利品を抱えて鬼山の家を後にした。死体が転がる庭を抜けて、船着き場からボートに乗り込む。マーメイド号に帰還したら、ほとぼりが冷めるまで公海上で過ごし、香港あたりのブラック・マーケットで宝石を換金するのだ。そしてまた次の獲物を狙ってやる。
 やがて暗闇の海上に、マーメイド号の灯りが見えてきた。そのとき、桃太郎たちのボートは強烈な光に照らされた。拡声器を使った声が聞こえる。
「桃太郎、犬山、猿田、無駄な抵抗はやめて投降しろ。こちらは海上警察だ。貴様たちの犯行は、すべて雉川が自白した。もう逃げられんぞ」
 桃太郎は、悪鬼のごとき表情になると、M16を海上警察のランチに向けて乱射した。犬山と猿田も続き、短機関銃と拳銃を撃ちまくる。
「抵抗するなら、こちらも応戦せざるを得ない。銃撃開始!」
 警察のランチから、ライフル銃の一斉狙撃が行われた。銃弾は雨のごとく降り注ぐ。犬山が頭に食らって漆黒の海の中へ転落した。猿田は心臓を撃ち抜かれてボートの上に横たわった。
 こんなところでくたばってたまるか、俺の自由の戦いはまだ始まったばかりなのだ。桃太郎は空になった弾倉を海に投げ捨てると、M16に新たな弾倉を装填する。撃ち返そうとした桃太郎に、再び警官隊の一斉射撃が浴びせられた。ボートのエンジンが被弾して爆発し、ボートが炎上する。全身に弾丸を食らって即死した桃太郎の身体を包み、火葬の炎は闇夜を焦がして燃え上がる。