四角いヒモザイル

東村アキコが「モーニング・ツー」に連載していた『ヒモザイル』が、ネット炎上の影響で休載となりました。

月刊「モーニング・ツー」12号『ヒモザイル』休載についてのお詫び - モーニング公式サイト - モアイ 月刊「モーニング・ツー」12号『ヒモザイル』休載についてのお詫び - モーニング公式サイト - モアイ

月刊「モーニング・ツー」2015年12号(10月22日発売)掲載予定だった、東村アキコ『ヒモザイル』は休載いたします。前号で掲載予告をしながら休載となってしまったこと、誠に申し訳ございません。また、雑誌編成の都合上、12号誌面にて休載のお知らせを掲載できなかったことも、合わせてお詫び申し上げます。

この作品につきまして、SNS等で様々なご感想をいただきました。東村アキコ氏からは、しばらく時間をかけて内容を吟味し、発表できるかたちになってから再開したいとの申し入れがありました。モーニング編集部としましても著者の考えを尊重し、今号は休載といたします。より良いかたちで連載を再開できるようになった際には、誌面・公式サイト等でお知らせいたします。


株式会社講談社 モーニング編集部

モーニング・ツー」で連載中の『ヒモザイル』ですが、22日発売の12号をお休みさせていただきます。

WEB上で公開した後、たくさんのご意見をいただきました。

嫌な気持ちになった方には本当に申し訳ないと思ってます。そして、連載を楽しみにしてくださっている方々、本当にごめんなさい。

本作は実際の出来事を元に描いていこうと考えていたので、皆様からの反響に向き合わずに創作を続けることはできないと判断しました。

お休みさせていただきながら、今後について考えたいと思います。


東村アキコ

これは、東村の職場で働くさえない男性アシスタントを、有能なビジネスウーマンとマッチングさせて専業主夫にしよう、という試みを漫画化したものでしたが、作者と編集部が予想していた以上の批判が集中したための措置であります。雑誌に掲載したときはそこまででもなかったんですけど、ネットで公開した途端に炎上するあたりがいかにも現代的であります。やっぱネットで公開する漫画って、『キン肉マン』みたいに現実の世界と何の関係もない話のほうが向いてるんだなぁ。


漫画の内容について、パワハラやセクハラといったポリティカル・コレクトネスの観点から批判することは、ここでは避けます。そういう批判はたっぷりあるので、いまさらワスが付け加えるまでもないです。女性作家が結婚や恋愛について、自らの生活感をからめて何かを発言すると、どんな内容であってもいずれかの方面で叩く人はいるものです。『東京タラレバ娘』でも、登場人物が「『ダークナイト』は男だけが楽しむ映画」と評したことで、作者の男女観・映画観まで叩かれてましたからね。コナン・ドイルは、シャーロック・ホームズの傲岸不遜な性格のために、作者まで無礼な人間だと思われるのは心外だ、と戯れ歌を詠んでいたものでした。そういうことなので、わざわざ批判を重ねることはしません。

東京タラレバ娘(3) (KC KISS)

東京タラレバ娘(3) (KC KISS)



それより、作者コメントの「本作は実際の出来事を元に描いていこうと考えていたので、皆様からの反響に向き合わずに創作を続けることはできないと判断しました」という一文が、印象的でしたね。



ここで唐突に話は変わりますが、梶原一騎原作・中城健作画の『四角いジャングル』って漫画がありましてね。

四角いジャングル 1

四角いジャングル 1

1978年から81年まで「週刊少年マガジン」に連載された作品で、『空手バカ一代』の続篇的な性格を持っています。
前作が、大山倍達の生い立ちからさまざまな強敵との戦い、極真会館の設立を経て多くの弟子を育て上げるまでの、長いタイムスパンを持つ物語だったのに対し、本作はリアルタイムで格闘技界の動きを反映させながら描かれたのが特徴です。当時はまだ空手やキックボクシングを扱う雑誌メディアやジャーナリズムがなかったので、この連載が、全国の少年ファンへの広報的な役割を果たした部分もありました。


漫画のストーリーをおおまかに解説すると、初期では、主人公である空手家の青年・赤星潮が、兄を倒した“怪鳥”ベニー・ユキーデへのリベンジを目指してメキシコでルチャ・リブレとボクシングの修行をしていたのですが(ミル・マスカラスが超強いうえ人格者として登場する)、メキシコへやってきた大山倍達と出会い、黒崎健時を紹介されてからはテイストが一変。主人公だったはずの潮は、帰国して黒崎道場に入門してからは単なる通訳係のモブキャラとなり、ドラマの中心は空手・プロレス・キックボクシング・マーシャルアーツ(全米プロ空手)による四つどもえの戦いとなります。梶原一騎漫画原作者であると同時に、このムーヴメントのプロデューサーでもありました。


その中核をなすのが、当時「格闘技世界一決定戦」でさまざまの格闘家と戦っていたアントニオ猪木と、極真空手の“熊殺し”ウィリー・ウィリアムスの戦い、およびベニー・ユキーデと黒崎道場の“キックの荒鷲藤原敏男のライバル関係であります。
劇中で猪木はザ・モンスターマンやチャック・ウェプナー(『ロッキー』のモデルとして有名)といった強敵を撃破してプロレスの強さを証明してゆき(実際の試合についてはあんまりツッコまないで差し上げてほしい)、ウィリーは猪木と戦うために、他流試合を禁じた極真会館から、師匠の大山茂ともども破門されるというドラスティックな展開を見せるのですが、戦いの運命に導かれる二人の前に「待った」とばかりに立ちはだかるのが、我こそ最強と名乗り、猪木への挑戦権を奪おうとする謎の覆面空手家・ミスターXでありました。

(ついに極真会館ニューヨーク支部まで乗り込んできたXに、驚く大山茂とウィリー。白覆面の上からサングラスという独創的スタイル)


劇中でのミスターXは、鍛え抜かれた巨体の黒人として描かれ、猪木やウィリー(あと藤波辰巳とか新間寿とか)の前に現れては、走ってくる自動車を跳び越える、車を持ち上げる、相手レスラーを勝手にKOするなどの挑発行為を繰り返す、神出鬼没の怪人でありました。そのミステリアスさと野心により、当時の読者に強い印象を与えます。もちろん、その活躍は梶原一騎による巧みなプロモーション戦略でありました。

(鼻や口が出ておらず、目も白目なのでどことなく『レイプマン』じみた覆面姿だ)


作中で明かされたその経歴は、本名も素顔も本来のリングネームも非公表ながら「全米プロ空手で46戦して20勝26敗、ただし26敗すべて反則負け」という物騒なキャラクターでありました。


かくして、純真な少年ファンに「ミスターX恐るべし」をいやというほど刷り込んだうえで、ついに1979年2月6日、大阪府立体育館のリングにおいて、アントニオ猪木とミスターXは対峙いたします。
ところがこのミスターX、原作ではあんなに強そうだったのに、実際にやってきたのは漫画とは似ても似つかない、単なる太った大男でした。

中城健の作画と違い、『レイプマン』感ゼロの覆面。どことなくいい人そう)



空手衣姿もぜんぜん板についておらず、動きも鈍重でまったく空手家らしさがありませんでした。

(背中にでっかくプリントされた「X」の文字がまた物悲しい)



猪木もなんとか2ラウンドまではつきあったものの、3ラウンドが始まるともう息の上ったXを、「もうやってられるか」とばかりに、あっさり一本背負いからの腕ひしぎ十字固めで葬ってしまいます。とんだ一杯食わせ物だったのでありました。


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そして、この誇大広告にはさすがに純朴な少年ファンも怒り、「何だあれは、インチキじゃないか」と梶原一騎への批判が高まります。
さすがに窮した梶原一騎は、こともあろうに「あのミスターXはニセモノだった」というトンデモ説を披露します。


いわく――本物のミスターXはたしかに実力者だったが、試合直前になって、極真空手への侮辱に怒った大山茂もしくはウィリー・ウィリアムスに倒された。そこで、Xを送り込んだWKA(全米プロ空手協会、と当時の漫画では称されていた)が、試合キャンセルによる莫大な違約金を避けるため、筋肉と脂肪の違いはあれど体格の似た黒人に覆面をかぶせて替え玉とした――という説を、大真面目に採用したのでありました。さすがにこの説は、当時の純朴な少年ファンでも素直に信じた人は少数派だったでしょうが、とにかく梶原一騎はこれで通したのだから、さすがに肝っ玉のでかさでは天下一品です。とはいえ、もしネット時代の21世紀だったら、こんな力技は通用しなかったでしょうなぁ。東村アキコは、ネット炎上した作品について「本作は実際の出来事を元に描いていこうと考えていたので、皆様からの反響に向き合わずに創作を続けることはできないと判断しました」とコメントしましたが、梶原一騎のような対応にはさすがにならないでしょう。というか、版元が講談社だということ以外に何らつながりがない。



なお、藤原敏男とベニー・ユキーデの戦いは、ルールが折り合わなかったこともあってついに実現せず、猪木はレフトフック・デイトン(得意技は首を吊っても死なないこと)やキム・クロケイド(特技は座禅を組んだままジャンプするツェペリさん殺法)との死闘を経て(実際の試合についてはあまりツッコまないで差し上げてほしい)ついにウィリーとの試合が実現したものの、その舞台裏では極真会館による「梶原一騎襲撃指令」などの怪情報が乱れ飛ぶ魑魅魍魎の世界が展開され、そしてのちの猪木監禁事件などにも繋がっていくのでありました。この世界はホント、底が丸見えの底なし沼(by井上義啓)という形容がぴったりですなぁ。

アントニオ猪木の伏魔殿―誰も書けなかったカリスマ「闇素顔」

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