もし夢野久作が桃太郎を書いたら

このネタが流行ったのもずいぶん前のような気がしますが、文体模写企画はブログの定番ネタ、ということで受け止めていただきたい。


過去のエントリはこちら。
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もし平山夢明が桃太郎を書いたら - 男の魂に火をつけろ! もし平山夢明が桃太郎を書いたら - 男の魂に火をつけろ!


もし夢野久作が桃太郎を書いたら

 ……やッ……院長先生。どうもお邪魔します。
 ええ、私の精神状態もヤット回復いたしましたので、今日かぎりで退院させていただきたいと思いまして……。ドウモ永いことご厄介になりました。入院料のほうは、うちに帰りましたら早速お届けに参ります。
 ……ハハア。なるほど。事情を聞かぬうちには退院させられないと仰る。ご尤もです。それでは一通りの事情をお話しいたしますが……クレグレも他へ漏らしていただいては困りますよ……なにしろ私の出生に関わる重大な秘密ですから……。


 それでは事実をお話ししますが……実は私は、強盗殺人犯の前科者です。余所様の御屋敷を襲い、宝物を奪い、抵抗する家人を皆殺しにした鬼畜であると同時に、動物を虐待した破廉恥極まる人非人なのです……。

 イヤ。お笑いになっては困ります。御承知の通り現在、只今の私は、岡山のお爺さんとお婆さんの養嗣子、桃太郎と認められている身の上ですからね。私の実家も、定めし立派な身分家柄の者であろうと、十人が十人思っておられるのは、むしろ当然の事かも知れませんが、遺憾ながら事実は丸で正反対……と申上げたいのですが、実はもっとヒドイのです。その証拠に、私がお爺さんとお婆さんの家に入込みました直前の状態を告白致しましたら、誰でも開いた口が塞がらないでしょう。
 私は××年の夏の初めに、大きな桃の中に閉じ込められたまま、川の上流から、大雨に流されて来た、一個のルンペン赤子に過ぎなかったのです……川で洗濯をしていた、お婆さんに拾っていただき、お爺さんが桃を割って取り出してくれたのでヤット命を取り留めた、無名の赤子に過ぎなかったのです。


 イヤお待ちください。お笑いになるのは御尤もですが、私は天地神明に誓っても事実をそのまま申し上げているのです。


 エッ……お爺さんの名前ですか。
 おかしいな。ついサッキまではハッキリ記憶えていたはずなんですが……ツイ度忘れしてしまいまして……エッ何ですって。生命の親様を忘れるなどとは言語道断だと仰るのですか……。ト……飛んでもない。アンナ奴が生命の親様なら、猫イラズは長生きの妙薬でしょう……。
 あの男は、鬼ヶ島の内情に精通している、出入り同然の薪業者でして。そうです。私を極悪人の強盗殺人犯に育て上げた張本人が、あの爺だったのです。婆もイッショになって、私に刀とキビ団子を与え、鬼ヶ島の宝物を奪ってコイと巧妙な暗示を掛け続けたのです。


 エエそうです。あの鬼ヶ島強盗殺人こそ、私の犯した罪なのです。シカシ、黒幕はあの爺と婆なのです……。赤子の私を純粋なる殺人の機械に育て上げ、鬼ヶ島に住む善良な人々を皆殺しにさせ、宝物を奪い取らせた真の極悪人こそ、あの老夫婦なのです。そうだ天才だ。あの爺こそ私をカリガリ博士の眠り男のように使いまわして、アンナ酷いコトをやらせた、催眠術の天才なのだ……。私は夢中遊行のまま、犬、猿、雉にキビ団子を呉れてやって仲間にし、爺と婆の暗示の通りに鬼ヶ島の御屋敷を襲い、宝物を奪い取ったのです。そしてあの爺と婆は、宝物をソックリ受け取ると、私に新たな暗示を与え、記憶喪失のルンペンを装って放逐したのです。そこを拾ってくだすった院長先生には、まことにいくら御礼を申し上げても足りることがないというもので……。


 デモ私は記憶を取り戻しましたのです。あの爺と婆の家には、私が鬼ヶ島から持ち帰った金銀財宝が、ウナるほど眠っているのです。あれを院長先生にソックリ進呈いたしますから、どうか私を退院させていただきたいのです……。


 イヤッ……待てよ。お俺はあの事件に、マッタクの無関係なのだ……。ゼ絶対の無実なのだ……。あ、あの爺は、俺に暗示をかけ、鬼ヶ島で強盗殺人をやってきたと思い込ませたに過ぎないのだ……。あの爺こそ、鬼ヶ島強盗殺人の真犯人に違いナイのだ……。俺は婆に寄越された睡眠薬入りのキビ団子を食べて、犬・猿・雉ともども部屋で寝ていたダケなのだ。それダケのことなのに、爺がやったことを自分がやったと思い込まされ、身代わりにならされていたのだ……エエッ……畜生……。知らなかった……あの外道ッ……悪魔……。身代わりにするダケのために、俺を拾って育てたのだ……。



 エッ……何ですって。私の話が本当らしくない……退院させられない……。そ、そんな箆棒な……不公平な……。
 アレエ――ッ……。誰も居やがらねえ。
 ここは監房の中だ……。オカシイな。俺あサッキから独りで饒舌っていたのかな。何を饒舌っていたんだろう。


 アッ……そうだ……。俺あ、あの爺と婆に復讐するツモリだったんだ……。俺を川で拾ってきたドコの馬の骨とも知れない餓鬼だと言いやがったから、前科者を養子に持たせて一泡吹かせるツモリだったのが、間違ってコンナことになってしまったのだ……。俺がキチガイ扱いされて、閉じ込められる羽目になったのだ……。


 オオ――イ……。俺あ爺と婆に恨みがあるんだ……。ココから出してくれ。不法監禁だぞ畜生。あの糞爺と糞婆め……ドウスルカ見ていろ……出してくれ出してくれ出してくれくれくれ……出して……クレーエエエ――ッ……。
 

夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)

夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)



(主に「キチガイ地獄」と「一足お先に」を下敷きにしました)