ズンドコ亀田ショー

ボクシング史上最も偉大な王者のひとりであるモハメド・アリは、ヴェトナム戦争での徴兵拒否によって王座を剥奪され、3年にわたってリングから遠ざかることを余儀なくされました。
復帰後はブランクがたたったのか、ジョー・フレージャーケン・ノートンらに敗戦を喫しましたがアリは不屈の闘志で彼らに雪辱し、王座への挑戦権を獲得します。
そして1974年、ザイール(現コンゴ民主共和国)の首都キンシャサにおいて、史上最強ともいわれるパンチ力で無敵を誇っていた王者ジョージ・フォアマンを、圧倒的不利の下馬評を覆してノックアウトし、王座を奪還しました。世に言う「キンシャサの奇跡」です。

この激闘を終えたアリは、ライバルたちの猛追をかわす準備期間を確保するため、格下の選手と一戦やって、防衛期限をやりすごすことにしました。
ここで選ばれたのが、無名のランカーだった白人ボクサー、チャック・ウェプナーです。ボクシングだけでは生活できず、酒屋の配達や工場の警備員をしながらリングに上がっていた36歳のこの男は、噛ませ犬にすぎず、アリに一勝を献上すればそれで役割を終えるはずでした。
しかしウェプナーはこのチャンスに発奮し、ラフな戦法と持ち前の打たれ強さでアリを苦しめます。相手を侮り、トレーニング不足だったアリは「蝶のように舞い、蜂のように刺す」得意のフットワークもほとんど出せず、足を踏まれたこともあって、9ラウンドにはダウンまで喫しました。この屈辱にようやくアリは本気になり、コンビネーションブローを連発。最終15ラウンド、残り19秒というところでやっと「噛ませ犬」をノックアウトしたのでありました。
この試合に感銘を受けた、当時は無名の俳優だったシルヴェスター・スタローンは『ロッキー』の脚本を書き上げて自分で主演し、一躍スターとなります。サラ金の取り立て屋をしながらリングに上がる主人公、ロッキー・バルボアはウェプナーを、カール・ウェザースが演じた無敵の王者アポロ・クリードはアリをモデルにしています。


一方、モデルになったウェプナーも人気者となり、アリがアントニオ猪木と武道館で異種格闘技戦をやった日には、ウェプナーもニューヨークでアンドレ・ザ・ジャイアントと戦い、リングアウト負けを喫しました。翌年にはウェプナーも来日して猪木と戦い、延髄斬りからの逆エビ固めでギブアップ負けしています。両者の印象について、ウェプナーは「アンドレはただデカいだけだったが、イノキには何をしてくるかわからない怖さがあった。プロレスラーというよりジュウジュツ・マスターという感じだった」と語っていたものです。




このように、強豪と戦ったチャンピオンが、王座防衛期限を稼ぐため格下の挑戦者を選ぶことはよくあります。




BOXING BEAT (ボクシング・ビート) 2013年 12月号 [雑誌]

BOXING BEAT (ボクシング・ビート) 2013年 12月号 [雑誌]

WBCバンタム級王者の山中慎介は、王座を獲得してからというもの、ビック・ダルチニヤン、トマス・ロハス、マルコム・ツニャカオと王座経験者を連破してその評価を決定的なものにしましたが、ここ2試合はランキング下位で実力差のあるボクサーと対戦し、KO勝ちはしているものの、相手が「神の左」にビビって当たってないのに倒れるような試合を展開しています。実力差がありすぎると、試合はしょっぱくなるのがボクシングというものです。ウェプナーのような、噛ませ犬ボクサーがドラマを作り出すのはまれなケースです。


ところが昨日は、かませ犬と楽な試合をするはずだった三階級制覇王者(笑)が、前代未聞のズンドコ試合をやらかして心あるボクシングファンを唖然とさせました。


http://www.asahi.com/articles/JJT201311190007.html

不可解な採点、亀田興毅「今後は白紙」 判定勝ちで防衛

 韓国・済州島のホテル内に特設された小さな会場。日本人初の3階級制覇を遂げ、8度目の防衛戦を迎えた亀田興が立つには寂しいリングだった。だが、敵地はやはり違う。試合を終えた王者は「原因は不明。何一つできなかった」。敗者のような顔をしていた。

 対戦した32歳の孫正五は軽い階級で試合を重ね、昨年12月を最後に実戦から遠ざかっていた。バンタム級の世界ランカーに名を連ねたのも唐突だった。だが、やってみなければ分からない。亀田興は重圧を受けて後退。ロングの右ストレートなどを浴び続け、10回には左フックにバランスを崩しダウンを喫した。

 2―1の判定結果がアナウンスされると、会場は不満の声が上がった後に静まり返った。不可解なことに、亀田興本人も知らなかった0・5点刻みの採点が採用されていた。WBAの立会人を務めたギル氏は「ルール会議で採点法は両陣営に伝えた。亀田が知らなかったことはない」と弁明したが、またボクシングという競技の公正性が疑われても仕方ない試合になってしまった。

 薄氷を踏む8度目の防衛。「今後は白紙。プロで10年やってきて、27歳になった。もう一度、見詰め直したい」と今後の展望は描けない。3兄弟が同時に世界王座に君臨する亀田ファミリーは、近くジムの場所を移して規模を大きくする。長兄は今後、一家の繁栄を支えていくことができるのか。(時事)

いやあスゴかった。試合前は、会場は3000人規模のコンベンションセンターとアナウンスされていたのですが、テレビに映し出されたのはホテルの宴会場です。こんなところで世界タイトルマッチをやるのか、とまず慄然としました。
今回の試合は、とかくホームタウンディシジョンで批判されてきた亀田が、はじめてアウェイでの戦いに挑むというアングルが組まれていましたが、実際には亀田ジムの主催興行であり、リングロープにも「KAMEDA PROMOTION」の文字。リングサイドのスポンサー広告もいつも通り日本企業ばかりで、アウェイ感はゼロです。
対戦相手のレベルも目を疑うほど低く、バンタム級での試合は初めてという孫はフットワークは鈍重、パンチはヘナヘナでちょっと大振りするとバランスを崩すという体たらくで、世界王座に挑戦する資格があるとはどう見ても認められません。プロテストを受けにきたデビュー前の新人と大差ないレベルです。
ところが、このヘナヘナパンチを食らいまくる亀田。がっちりガードを固めてるくせに、なんで真正面からくるパンチを防げないんだよ! 打ち返そうとしても、亀田家お得意の、相手のほうを見ずに、下を向いて「シュシュシュシュシュッ!」と口で言いながら両手を小刻みに振るだけのムーヴではダメージを与えられるはずがありません。まぶたもカットし、明らかなジリ貧状態に陥ります。


ところが、これが面白かったんですね。どうやら、あまりに格下なのでブックの打ち合わせをしていなかったんでしょう。亀田にしては珍しい、いや、初めてかもしれないボクシングらしい試合になりました。もちろん、世界タイトル戦にふさわしいレベルではありませんけど。きっと、亀田のレベルと相手のレベルがしっかり噛み合ったんでしょうね。亀田にはああいうダメボクサーがお似合いの相手ですよ。



そして、最高の見せ場は試合終了後にやってきましたね。



TBSで中継する亀田主催の興行なので、内容に関わらず亀田が判定勝ちすることは最初からわかっていました。
それでも、「今回はひょっとしたらひょっとするんと違うか」と思わされるだけの内容だったので、判定が発表されるのをテレビの前で待ってたんですよ。


そうしたら、なぜか判定の集計にえらく時間がかかり、なんと発表しないまま放送終了
さすがに、このズンドコぶりには開いた口がふさがりませんでしたよ、ええ。


CMを挟んで、番組は「NEWS23」に移りましたが、その冒頭でチラっと「亀田選手が勝利しました」とヒトコトだけ告げて、それでおしまい。ハイハイボクシングならもう終わりだよ、帰った帰った。そういう視聴者をなめきった態度が、ありありと見える放送体制です。


これね、判定の集計に不正をはたらくために時間がかかった、という見方もありますけど、本当は会場のブーイングを放送に乗せないためだと思いますね。
別報道によれば、会場はブーイングに包まれたそうですけど、下手したら暴動ですよ。昔の新日本プロレスだったら放火ぐらいはされてますよ。


挑戦者の孫正五は、判定を不服としてWBAに提訴するそうですけど、なんでしょうね、不正の総本山にそんなん訴えたって意味あるんですかね。
「泥棒に遭ったようだ」というコメントも出していますけど、亀田家がタイトルとボクシングの権威を盗む泥棒一家だってことは、とうに知れているはずじゃないですか。遅きに失してるなぁ。


チャック・ウェプナーはかませ犬ながら健闘し、その戦いからスターも生まれましたけど、この世紀のズンドコ泥仕合は誰のことも幸せにしなさそうだなぁ。とにかく、すごいものを目にしました。少しでも人間らしい心が残ってるんだったら、恥ずかしくてもう二度と人前に出られないだろうなぁ。