愛と死をみつめて
ここ数日、こんなエントリが話題になっていました。
ゲーセンで出会った不思議な子の話:哲学ニュースnwk
2ちゃんねるで実話として語られた物語で、仮名「富澤」という男がゲーセンで出会った「吹石」という女の子と恋に落ちるものの、彼女は卵巣がんに冒されていて、亡くなってしまう。で、彼女の好きだった花はトルコキキョウ、花言葉は「永遠の愛」というからいかにもベタな、キレイなオチもついています。ぼくはここで耐えきれなくなってペプシを吹きましたけど。トルコといったらユセフ・トルコでしょ普通。トルちゃん、世の中タダで動くのは地震だけだ!(by梶原一騎)
んで、このエントリは多くの人が「泣ける」という評価をしているようですが、全体的にリアリティが希薄な内容であり、「ゲーセン業界のステマでは」などという反応もあるようです。
好意的でない反応のエントリもいくつも出ています。
実話として流通する嘘に大喜びする愚民:島国大和のド畜生
こちら「島国大和のド畜生」さんでは
自分は、作り話を実話といって流通させる構造が嫌いだ。
皆様、マジでバカですカ!?
バカが騙されるから、騙すアホが調子に乗るワケですよ。
嘘を嘘と解って楽しむってレベルほど、嘘高度じゃねーし面白くないじゃない。
冒頭に「創作ですが」て一言つけてあっても読むの?
どれもこれもヘタクソ過ぎてもう。2chで実話体裁じゃなくて、投稿サイトに載ってたら誰も読まないレベル。ステマステマ騒いでる人が、作り話にコロコロ騙されてるんじゃないよ。本当に。
携帯小説バカにしてる人が、同じレベルに喜んでるんじゃないよ。本当に。
などとかなり強い言葉で批難しています。
それに対し、こんな反応も出ています。
僕は「フィクションに騙されて、現実逃避したいバカ」です。 - 琥珀色の戯言
正直に言います。
僕は「フィクションに騙されて、現実逃避したいバカ」です。
物語という「ウソの世界」が大好きです。
子どもの頃、「フィクションの世界という逃げ場」がなければ、いままで生きてこられたかどうか。
この「ゲーセンで出会った不思議な子の話」も、自分にとっても大事な場所だったゲーセンで、こんな「物語」があったらいいなあ、と、ちょっとうらやましく思いながら読みました。
実話として流通する嘘を支持したい気持ち - teruyastarはかく語りき
自分が妙な所で素直で損な性格で普通の人より騙されやすい、
というのは学生の頃から自覚はしてたので、だからこそ
世の中見るもの全ての2面以上を疑ってたつもりですが、
やっぱり、「夢」や「ロマン」や「恐怖」「不安」という感情にとらわれると
感情のままの見たい世界しか見えずIQが下がりますね。
前提条件は疑わず、他の可能性は何も考えにくくなる。
これが、放射能とか、政治とか、ステルスマーケティングとか、
あなたの夢を叶えますだとか、
自分の金や利権や生活に関わる実話をもってこられると、
その不安や、ロマンという回避、達成方法が
本当にこだわるほどのものか? と疑ってかかるのですが、
逆に、物語とかエンターテインメントに関しては、
とことんIQを下げたほうが楽しめると思うんですよ。
このように、「疑わないで素直に楽しんだほうが人生トクですよ」的な反応が少なくないようです。
この賛否両論の状況について、こんな分析をしている人もいます。
ゲーセンとかけそばと泣ける話とゲラゲラ笑う人達 - 脳髄にアイスピック
こちらでは、多くの人が「自分はあの文章を読んで泣いた」ことを正当化するかのように論陣を張っているのを見て、とり・みきが『一杯のかけそば』を読んだとき「泣くのは生理的反応にすぎず、出来の良さとはそれほど関係ない」と評したのを例に挙げて、
もし、本当にあの作品が素晴らしいと思えるのならば、「泣けた」とか「感動した」という個人的な感情だけでなく、あの話の優れている具体的な部分を指摘して欲しい。それができないなら、ゲーセンの中心でアイでも叫んでいれば良い。
確かにあれに感動して涙を流した人物が多くいるのは事実だろう。だからといって、その感動は他人からすれば、台所の陰で干からびているナメクジぐらいに無価値であり、そんなもんを御旗に掲げられて、「泣けたからいいじゃん」「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」などといわれても困る。より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生はオウム真理教の信者よりもつまらないことになってしまう。
と評しています。そういえば、あれも最初は「実話」として売り出されましたが、著者が非常に胡散臭い人だったことがわかると、急速にブームは収束していったものでした。
自分としては、最後に上げた犬紳士氏の指摘に同意しますが、それにしても、日本人はこういうお話が好きだなぁと思わされました。
ひところ流行ったケータイ小説でも難病は頻出していましたし、エロゲ・ギャルゲでも「難病の美少女」はよく出てきます。ひところ流行った純愛もの小説でも、『世界の中心で、愛をさけぶ』や『天使の卵』など、ヒロインの病死によって悲しく終わるのが定番です。村山由佳先生が『天使の卵』で1994年に小説すばる新人賞を受賞されたときには、審査員の五木寛之先生が、そのストーリーを「驚くほど凡庸」と評されています。20年近く前にも、すでに病死悲恋ものはベタだったんですね。
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『1リットルの涙』に至っては、実話を沢尻エリカ主演でドラマ化する際に、実際には存在しない恋人を出して、無理やり悲恋ものに仕立て上げたぐらいです。
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んで、これらの源流になっているのは、1963年の『愛と死をみつめて』だといっていいでしょう。
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「ゲーセンで出会った不思議な女の子」では二人がアーケードゲームファンだという点で意気投合しますが、『愛と死をみつめて』では、マコとミコは阪大病院で出会い、二人とも阪神タイガースの大ファンだという点で意気投合し、文通をはじめます。
阪神タイガース 暗黒のダメ虎史 あのとき虎は弱かった (ナックルズブックス32)
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「ゲーセンで」では五日間の外泊許可を得た吹石が富澤の家に行って幸せな時間を過ごしますが、『愛と死をみつめて』でも、顔の半分を失う手術を受けることを決心したミコが「別れよう」と手紙を出し、あわてたマコが大阪まで飛んできて、のちにミコが「最も幸せな五日間だった」と述懐する時間を過ごします。阪急百貨店の屋上で二人してドライビングゲームをするところまで、「ゲーセンで」とよく似ています。
この悲恋の実話は、出版されるや大ブームとなり、マコこと河野実氏はいちやく時代の寵児となります。しかしブームにはバッシングがつきもので、大学を卒業して『愛と死をみつめて』の版元である大和書房に入社したときは「自分のことを書いた本を売り歩く立場になった」と揶揄され、自動車を買ったと報じられれば「恋人の死を売り物にしたカネでクルマを乗り回すなんて」と叩かれました。
そして極め付きは、河野氏が『愛と死をみつめて』の読者だった女性と、1968年に結婚したときです。恋人の死を売り物にしておきながら、その恋人を裏切るのかと大バッシングを受けたのでした。
実に理不尽な話ですが、当時はそういう風潮が強かったんですね。ミコは、自分の死後にマコが解放されることを願っていたので、このバッシングはミコの遺志にも反していたんですけどね。
その後、河野氏は「経済界」に移籍してビジネスの世界で頭角を現し、副社長まで登りつめる辣腕ぶりを披露して、1990年には「マコ・インターナショナル」社を設立して独立。ビジネスコンサルタントとして、また『愛と死をみつめて』のその後を出版したり、セミナー講演を行うなど「マコ」としての活動を今も続けています。
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トルコキキョウの花言葉は「永遠の愛」だそうですが、死んでしまった人を永遠に愛し続けるなんて、そう簡単なことではありませんし、幸せなことだとも言えません。『めぞん一刻』だってそうだったでしょ。
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