悪役レスラーは笑う・いちごジャム殺人事件(上)
日本プロレス史を語る上で外せないトピックのひとつが、「ショック死事件」です。
わが国における本格的プロレス興行は、1954年2月19日に蔵前国技館で行われた力道山&木村政彦組vsシャープ兄弟の世界タッグ選手権試合ですが、この試合は日本テレビで放送されて爆発的な人気を博し、テレビ黎明期においてプロレスは重要なコンテンツとなりました。*1
しかし、この本邦初のプロレス中継*2は、東京都台東区御徒町の街頭テレビで観戦していた62歳の男性が死亡するという、本邦初のショック死事件をも引き起こしています。巨体のアメリカ人が、小柄な日本人を相手に暴れまくる映像は、当時の人々にとっては、現在のわれわれが想像する以上にショッキングだったのでしょう。
この年の後半には、東京体育館で行われたハンス・シュナーベル&ルー・ニューマン組vs力道山&遠藤幸吉組の試合が、外人組のラフファイトに激怒した観客が暴動を起こすという事件に発展しており、プロレスファンのエキサイトぶりは高まるばかり。12月に力道山vs木村政彦の「実力日本一決定戦」が行われて、黎明の一年が終わるまでの間に、新聞紙上で報じられた”ブラウン管・ショック死事件”は85件の多きに上り、朝日新聞などの”良識派”グループが”プロレスは過激で有害な見世物”と攻撃する論調が高まりました。
当初は、力道山も
TVの画像で驚いて死んじまう格闘競技なんて、プロレス以外にはこの世にないだろう。そんな人たちが入場料を払って生のファイトを見たら、五秒で死んでしまうだろうぜ
などと粋がっていたのですが、度重なるプロレス有害論には辟易して
たとえ、病人でなくとも、老人というものははた目には丈夫そうに見えても、齢なりに使い古した心臓は弱っているもの、その老人たちが、たまたま、わしらが一生懸命にやっちょるプロレスの試合をTVで流している時間帯に、何かの事情で死んだからといって何も彼も諸悪の根源が、わしらが稼業にしているプロレスだなんて批難されたんじゃあたまらん
と、ぼやくようになりました。昨今の児童ポルノ規制論なんかにも通じるものがありますね。
しかし、プロレスは演出されたショーだという認識が広まるにつれ、ショック死事件は聞かれなくなります。
内外タイムスの記者だった門茂男氏は、地方を取材しているときに
うちのおじいちゃんが、あんなお芝居だらけのプロレス中継なんかを見て、興奮と恐怖のあまり、心臓が止まっちまったなんて、そんなみっともない話、近所の人たちに言ったら、それこそ、みんなの物笑いになっちまいます……
などといった話を、何度か耳にしたそうです。
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力道山vs木村戦は、八百長崩れであったことが門氏によって暴露されますが、この試合におけるショック死者は一人も記録されていません。体格的に小さな二人の試合だったためか、日本人どうし*3の試合だったためか、ファンがプロレスの何たるかを知ってきたためか、その原因はさだかではありませんが、この年の暮にはすでに”ブラウン管・ショック死”が話題にならなくなっていたことはたしかです。
こうして、一時は沈静化した”ブラウン管・ショック死”およびプロレス有害論ですが、その8年後にあたる昭和37年、突如として再発しました。
この年の4月、第4回ワールド・リーグ戦の目玉として、噛み付き攻撃を得意とする悪役の一流レスラー、”銀髪鬼”フレッド・ブラッシーが、3月にロサンゼルスで力道山に奪われたWWA世界タイトルを奪還するべく(というアングルで)来日します。
吸血鬼が愛した大和撫子―フレッド・ブラッシーの妻として35年
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そして翌23日の朝刊には、山梨県の74歳男性、岐阜県の65歳男性、富山県の71歳女性、高知県の70歳女性など、6人の老人がショック死したとの記事が掲載されることになりました。現在、「プロレス ショック死」で検索すると出てくるのは、ほとんどこのときの情報です。
力道山はこの報道を受け、外人組の団長でブッカーのグレート東郷を通じてブラッシーに「噛み付きばかりでなくパンチ攻撃かなにかにスイッチしては。せめて生のTVマッチの時ぐらいは気を付けんと、プロレスを目の仇にしている朝日新聞の野郎どもに、俺たちが苦労して創ったプロレスをつぶされてしまう」と注意し、日本テレビのディレクターに対しても”血だらけシーン”をしつこくクローズ・アップしないように、との異例の申し入れを行います。
そして5日後の4月27日、神戸市の王子体育館で試合が行われます。この夜から、ルー・テーズが遅れてツアーに参加し、メイン・エベントは力道山&豊登&グレート東郷組vsルー・テーズ&マイク・シャープ&フレッド・ブラッシー組のシックスメン・タッグマッチという好カードでした。
<長くなったので明日に続く>