折り合わぬ契約

メリー・クリスマス! 今夜はクリスマスイヴです。というわけで、おなじみのこの映像をどうぞ。




アニメ『巨人の星』92話「折り合わぬ契約」で、星飛雄馬がクリスマスパーティを開催するものの誰も来なかった、という有名なエピソードです。

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このエピソードは数年前のバラエティ番組「トリビアの泉」で紹介されたことで現代の若いアニメファンにも有名で、よくギャグ視されているのですが、ストーリーをよく考えると非常に悲しい話で、その後も梶原一騎のスポーツ漫画によく出てくる、主人公の実存的不安を描いています。


雄馬は幼少期から父の一徹による野球のスパルタ教育を受け、子どもらしい遊びもせず、ひたすら野球だけを強いられてきました。飛雄馬は父に反発し「父ちゃんは野球に取りつかれて人間らしい心を忘れたおろか者だ」とまで言うのですが、結局は野球に打ち込む以外の価値観を見つけることができません。
雄馬の身体に装着された大リーグボール養成ギブスは、息子の成長をはばみ子どものままに押し込めようとする、親のエゴを象徴しているともいえます。


苦難の道を経て巨人軍に入団した飛雄馬ですが、球質の軽さを克服するため、身体と精神に多大な負担のかかる大リーグボール路線に走ります。これで連勝した飛雄馬ですが、日米対抗戦でオズマと対戦した際、極度の消耗により倒れてしまいます。そしてオズマから「お前は野球しかできない野球ロボットだ」と言われます。


オズマは、父によって球団に売られ、英才教育を施されましたが、トレーニングのため父の死に目に会えなかったことをきっかけに、人間の心を捨てた野球ロボットとして完成した人物です*1。そんなオズマは飛雄馬に自分と似たものを感じ、「野球ロボット」発言につながりました。


雄馬は「野球ロボット」と宣告されたことに反発し、人間らしい生き方を模索します。契約更改で球団が提示した6割増を蹴って倍増を要求するなど、増長とも取れる行動を取るのですが、その中で出てきたのが「クリスマスパーティをしよう」というアイデアでした。


しかし、苦行のごとき少年時代を過ごしてきた飛雄馬は、クリスマスパーティを何日にやるのかすら知らず、伴宙太に驚かれる始末。それに、孤独な練習ばかりしているためチームワークが身についておらず、団体生活のマナーも理解していないため、他球団の選手を球団宿舎に呼びつけるという非常識な行動をとってしまいます。


その上、伴も花形満も左門豊作も、飛雄馬が野球以外のことに興味を持つのをよく思わず、野球ロボットであることを彼に求めます。人間としての幸せというものを、まったく考慮していません。この事実が飛雄馬を深く絶望させ、この場にいないオズマに嘲笑される被害妄想にとらわれるまでになりました。


この後も、飛雄馬は父との確執に苦しみ続け、最終回では左手を壊して投手生命を失い、父と和解して新たな人生を歩み始めるかに見えたのですが、続編ではやはり父の支配から逃れられずに野球の世界に戻ってくるという、アダルトチルドレンぶりを読者に見せつける結果となるのでした。

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梶原一騎作品では、親子の確執というテーマが好んで描かれます。『虹をよぶ拳』でふがいない父親に反発する牧彦や、『愛と誠』で母を憎む誠などはすぐに思いつくところですし、『カラテ地獄変』や『斬殺者』といった後期のアダルト路線にも「巨大な父性の抑圧」という形で受け継がれています。それらの原点である『巨人の星』は、やはりストレートにわかりやすく描かれていますね。



これに対し、梶原のもうひとつの代表作『あしたのジョー』では、主人公が競技にのめり込んで破滅するという大筋こそ共通していますが、飛雄馬が一徹の支配下から逃れられなかったのに対し、ジョーは葉子や紀子が引退を勧めても聞かず、自分にボクシングを教えた丹下段平のことも乗り越えています。段平は「あしたのために」と未来志向でジョーにボクシングを教えたのですが、ジョーは「あした」など無視して「真っ白な灰」になるべく過酷な闘いに身を投じるのです。疑似親である段平の支配から逃れ*2、自分で見出した価値観のために突き進むジョーは、飛雄馬と違ってアダルトチルドレンではないのです。

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ま、そういうわけですから、飛雄馬のクリスマスパーティを「ぼっち」とか笑いものにするよりは、ロボットから人間になろうとする悲しい試みを、アダルトチルドレンが親の支配から逃れようとする姿を、暖かく見守ろうではありませんか。そんなに単純じゃないよあのシーンは。

*1:この設定は、『あしたのジョー』の金竜飛にも共通するものがある

*2:後半の段平は、試練を求めるジョーを平穏な道へ進ませようとする、父性というより母性を持ったキャラクターに変貌している