始まりの福音

安藤健二の『パチンコがアニメだらけになった理由』を読みました。

パチンコがアニメだらけになった理由(わけ)

パチンコがアニメだらけになった理由(わけ)

封印作品」シリーズでサブカルチャーの暗黒面を描いてきた著者が、今度はパチンコとアニメの関係についてまとめた労作ルポです。「封印作品」シリーズでもそうだったように、そのジャンルのファンなら常識としているような予備知識をあえて持たずに取材を始めているので、ニュートラルな視点が崩れず、読みやすく仕上がっています。まず実際にパチンコ「エヴァンゲリオン」を打ちに行くのですが、お金を台のどこに入れればいいのかすらわからないというあたりはリアリティがすごく感じられました。


新世紀エヴァンゲリオン』というクセの強いアニメが、どうしてパチンコファンにこれほど受け入れられたのか。ぼくもずっと疑問に思っていたのですが、その理由は『エヴァ』というアニメの性質ではなく、「CRエヴァンゲリオン」に搭載されている「突然確変」という新システムにあった、という分析は興味深かったです。パチンコ「エヴァンゲリオン」は、アニメを知らないパチンコファンによって人気台となり、原作アニメの人気も高まったというんですね。決してアニメのファンがパチンコに流れたわけではなく、制作側も原作ファンを取り込もうとはあまり考えていないようです。


現在のパチンコは、液晶画面での演出に重きが置かれるようになっており、その素材としてアニメが使われるようになったとのこと。それほどヒットしたわけでもないアニメ(『アクエリオン』とか)がどんどんパチンコ化されるのは、

  • キャラクターをイチから作るより、既存の映像作品から素材を引っ張るほうが手っ取り早くて安上がり
  • 実写ドラマだと肖像権をクリアするのが大変だが、アニメなら版権が取りやすい
  • そもそもアニメを知らない人をターゲットにしているので、原作の知名度はあまり問題にならない
  • むしろ、B級アニメのほうがロイヤリティが安く済む

という事情があるようです。


ですが、この現状はパチンコ人気の低下とアニメDVDの売上不振という、それぞれ問題を抱えた業界の共依存ともいうべき構造があり、いずれ破綻するのではないかと著者は結論づけています。さらにその背景には意外な原因があるのですが、くわしくは本書を参照のこと。


こういう結論に達することは、業界の人たちもわかっていたのでしょうか。今回も取材は難航し、ほとんどの台メーカーやアニメ製作会社から取材拒否を受けています。中でもGONZOの対応はすごくて、「掲載するならロイヤリティを発生させてほしい」と言ってきたといいますから、アニメ業界ではジャーナリズムとマーチャンダイジングの区別がついていないようですね。


実に面白い本でしたが、なぜか活字にすごくクセがあって、中国語のサイトを見ているような感じに襲われることもしばしばです。他の人も同じ感想を持っているようですが、こういう細かいトコロが意外と気になるもんなんですねぇ。


あと、パチンコ「エヴァンゲリオン」にハマった人の実例として杉作J太郎が出てくるのですが、これがもういちいちカッ飛んでいて素晴らしい。

僕が監督している映画『チョコレート・デリンジャー』の撮影も、なんとか出来たのは綾波さんのおかげです。お金が払えないからトラブルとかも少々起きて、もう心が折れてたんです、そういう状態の時に下北沢で、一瞬、パチンコに行ったんです。1万円ぐらい負けた後で、綾波さんが登場して『あなたは死なないわ』って言った後に大当たりしたんですよ。パチンコ店で涙が出たのは初めてでした

本書p.14


杉Jは綾波レイのことを綾波さん」と敬称づけで呼び、金に困ったときにはパチンコ「エヴァンゲリオン」で大当たりを出してはピンチを乗り切った話を熱く語っています。男の墓場プロダクションの面々を綾波さんの奢り」と称して飲みに連れていったり、地方の上映会でホテル代がなかったとき(劇場からもらえるお金は後払いである)ホテルの隣のパチンコ店で15連チャンして「全部、綾波さんが払ってくれて…」というエピソードは、杉Jの風貌も相まって実に味わい深い。

応答せよ巨大ロボット、ジェノバ

応答せよ巨大ロボット、ジェノバ

そんな杉Jも、『蒼穹のファフナー』パチンコ台のCMで平井久司のキャラクターにハマり、そちらの台を打つようになってからは「エヴァ」で一回も勝てなくなったとのこと。ファフナーに浮気して、綾波さんが怒ったのが原因」と自己分析していますが、安藤健二には「実際には釘調整の問題」とバッサリ斬られているのもまた実にブルーズの味わいです。小説『応答せよ巨大ロボット、ジェノバ』の表紙イラストは平井久司が描いていますが、もし杉Jが綾波さんを裏切らなかったら、ここで貞本義行が描くことになってたんでしょうか。
貞本義行画集 CARMINE (通常版)

貞本義行画集 CARMINE (通常版)